■目鏡橋

秋月城下町の入り口に架かる目鏡橋は、1810年に架けられました。
大きな洪水にも壊れない丈夫な橋を架けるために、長崎から技術者を招き、その指図によってオランダ風の橋を架けることができました。

今年2010年はこの目鏡橋が完成して200年目です。

車力の跡などが残る目鏡橋を渡り、大昔から秋月の人々の暮らしを見つめてきた目鏡橋の凄さを感じてください。
福岡の文化財に指定されています。


■黒門

垂裕(すいよう)神社の参道に建っている黒門です。
この黒門は鎌倉時代に古処山城の城門として造られましたが、江戸時代初め
に秋月城の大手門として移されました。
そして明治時代からはお宮の神門に使われるなど700年の歴史をもつ古い御門で、福岡県の文化財に指定されています。


■長屋門

秋月城跡の梅園の入り口に建つ長屋門です。
江戸時代初めに、御館奥御殿の御門として造られました。
門の両側に門番などが住む長屋が続いているのがこの門の特徴です。この長屋門も福岡県の文化財に指定されています。

秋月郷土館

1965年にオープンした秋月の歴史資料と美術品を公開する総合的な郷土の資料館。
館内には、藩主愛用の甲冑、刀剣のほか、秋月の歴史を伝える文書、書跡、肖像画、屏風などを多数展示しています。
また、秋月出身者の寄贈による日本や西洋の名画、陶磁器等も展示して観覧に供しています。

■杉の馬場

お城の前のまっすぐのびた道路は、昔は武士たちの馬術の稽古に使われたので馬場と呼ばれました。
江戸時代には道の両側に杉の並木がありましたが、明治時代になって町の人の手で桜の木が植えられて見事な桜並木に変わり、秋月の観光の名所になりました。

■腹切り岩

豊臣秀吉の九州出兵に際して、秋月氏の家臣恵利暢尭(えり のぶたか)は秀吉に味方することを主張しました。
が、主君や重臣に聞き入れてもらえませんでした。
この岩の上で、妻と二人の娘を殺し、自分も切腹して秀吉と戦うことの無謀さを訴えました。

  ■太閤腰掛石

豊臣秀吉が秋月に来たときに腰掛けたと伝えられている石が、秋月金光教会の庭にあります。



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